流れと翼と揚力

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今回の記事は,「翼が揚力を生む原理」について触れます.初めに断っておくと,「Kuttaの条件」「Kutta-Joukowskiの定理」についての簡便な説明であり,流体力学を勉強したことがある読者の方は馴染み深い内容かと思います.

1. Kuttaの条件

「Kuttaの条件」とは,一様流中に翼を置くと,翼回りに「循環」が生じる現象を指します.一様流中に翼を置くと,翼周りの流線は,図1左のようになります.翼上下の青色の流線の距離を見比べると,翼の上側を通って流れる距離の方が翼の下側を通るよりも長くなっていますが,これらの翼の上下の流れを合流させようというのがKuttaの条件です(もしも翼の上側と下側を流れる距離が同じなら,翼の下側を通る流体は翼の後端で翼の上側に回り込むことになりますが,それが起こらないという条件とも言えます).これは翼の上側では流れが加速され,下側では減速されていると言い換えることができ,即ち図1右のように翼周りに循環が生じていると言えます.

図1: 翼型周りの流れ場

2. Kutta-Joukowskiの定理

「Kutta-Joukowskiの定理」は,2次元翼の単位幅あたりに働く揚力の計算式を指します.流体の密度  ,一様流の流速  ,翼周りの循環の強さ  を用いて,翼に働く揚力  は次式で表されます.

この定理に登場する数式は単純明快ですが,具体的な揚力の計算(定理の導出,翼型に応用)をするには「理想流体」「円柱周りの流れ」「2次元流れにおける複素速度ポテンシャル」「ベルヌーイの定理」「等角写像」「Joukowski変換」といった話に繋がります.

3. より大きな揚力を生むには?

Kutta-Joukowskiの定理から,翼が生む揚力は,流体の密度,流速,翼周りの循環の強さをかけ合わせた値であるので,「流体の密度を上げ」て,「流速を速く」し,「翼周りの循環を強く」すると,より大きな揚力が生まれます.揚力が大きくなれば,より重い機体を輸送できるメリットがあります.しかし,これらの条件は簡単に満たせるものではありません.

まず,流体の密度について,航空機が対象とする流体は空気(大気)ですが,この密度は高度や気温によっておよそ決まった値となり,高高度,高温になるほど密度は小さくなります.マルチコプターの場合,高度が問題になることは少ないですが,気温による大気の密度変化の影響は受けます.例えば,気圧が  の時,大気の密度はおよそ (気温が10℃のとき), (気温が30℃のとき)と,季節によって6~7%異なります.

次に,流速を上げると,空気の圧縮性による衝撃波の問題が生じます.衝撃波は大きな抵抗を生み,燃費の低下を招きます.旅客機が超音速で飛ばない(巡航マッハ数はおよそ0.8,マッハ数が1を超える流れで衝撃波が発生)理由や,回転翼機の翼の回転数が抑えられる理由は衝撃波の発生を抑えるためです.マルチコプターの回転翼が半径30cmとすると,およそ11000rpm で回転翼の先端が音速に到達する概算になります.

最後に,翼周りの循環の強さについて,これは翼の断面形状で決まります.翼型は百余年の間研究が続けられており,今では超音速機など用途に応じて種類はあるものの,基本形状は似たものとなっています(NACA翼).

今回の記事で取り上げた現象は,ゴルフボールや野球の変化球が曲がる原理と本質的に同じであり(循環が勝手に起こるか,意図的に起こすかの違いです),「マグヌス効果」とも呼ばれています.流体の力学には煩雑な式が出てきがちですが,身の回りの現象との繋がりが見えてくると面白く思えてきます.

最近流行りのマルチコプターは細かい計算行わなくとも飛行させることは出来ますが,荷物の輸送や燃費を考えるためには,飛行の力学・材料・電気回路などといった工学の知識が必要になります.

執筆:開発部H

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